T-34指揮戦車


 戦車部隊を指揮する指揮官が搭乗する戦車は、配下部隊の機動と部隊本部との連絡を実現するために指揮機能を拡充した特別仕様のものが多い。ドイツ戦車では、一号戦車からパンター・ティーガーまで指揮官用に無線機を増設した指揮戦車が作られたのは周知の通りである。初期の独指揮戦車は大きなフレームアンテナとダミー砲を搭載し、研究者の興味の対象となっている。ソ連軍では、開戦初期に無線機が装備された戦車自体が少なかったこともあり、強力な無線機を装備した指揮官車の実用性・必要性は低かったと思われる。しかしながら、戦争中期以降に生産されたT-34(1942年型以降)にはほぼ無線機が標準装備され、この頃にはソ連軍でも無線による部隊運用が一般的になってきたと推察できる。連合国側からレンドリースによって送られたM-3スカウトカーなどが指揮官用車として供された可能性は高いし、SU-76M部隊の指揮官車としてT-70M軽戦車が利用されている写真も発表されている。ところが、T-34やISを装備した部隊で、かつ最前線の砲火の下で使うことができる指揮官用の専用車(指揮戦車)は、一般の戦車型と略同一のものが使われたはずであるが、今までの資料では確認できなかった。

 昨年ロシアで発刊されたЪронеколлекция(ブローニェコレクツィヤ)99年4月号(4/99)に、この疑問に関するヒントがあった。この本は前編ロシア語で記述されているため、その大半を読解することは困難であるのだが、この本に掲載された図表が興味を惹いた。下に掲載したこの表にT-34-85の生産台数が示されていることは明らかである。不可思議なのは、形式分類の項に通常型T-34-85とOT-34-85と共に掲載されたT-34-85ком.(ком.はロシア語表記)である。T-34-85のバリエーションとして考えられるのは、上記OT-34-85(T-O-34-85)以外には地雷処理用PT-3を装着したPT-34-85と戦車回収車くらいである。PT-34-85は、PT-3装着用アタッチメントを車体前面下部左右2カ所に装着している以外は通常の戦車型と同じはずであり、これが工場で区別されて生産されていたというのも疑わしい。また、T-34ベースの戦車回収車は、戦時中は専ら現場で損傷車両から転用していたはずであり(オフィシャルな回収車両が生産(改修)されたのは、戦後になってからだろう)、これも該当するとは考えられない。

 まず、ロシア語の「ком」というのは英語では「COM」にあたることは推察できた。英語とロシア語で類似の意味を持つこともあるという仮定で、「ком.=COM.」から「communication:通信」「command:指揮」を考え、いずれも「指揮戦車」「無線機増設車」を示唆すると言う仮説を立てた(ひょっとすると「communist:共産主義者」の略称で党員・政治委員専用車で、搭載弾薬を減らしてウォトカとか豪華毛皮シートでも載せている…なんてことはないだろう)。本書を購入した時点では、ここまでの推測に止まった。生産台数は通常戦車型の1%程度で、これは指揮戦車としては妥当な生産台数だろう

 ところが、最近になってロシア語を英訳するサイト(Online English to Russian to English Dictionary)を知るところになり、早速、本件で思い当たる単語を調べてみた。 「ком」に関連して該当するのは、 「команда:team:チーム」、「командующий:commander:指揮官」、「комендант:commandant:司令官、指揮官」、「комиссар:commissar:兵站?」、「комиссионер:commissionaire, middleman:門衛?」、「комиссура:commissure?」、「комитет:committee:委員会」、「командир:sirdar?」…等々であり、一部に指揮官という意味が含まれていることがわかった。一方で通信や指揮を意味する英単語のロシア語訳は、「communication:связь」、「communications:средства связи」であり、こちらからは「ком.」の頭文字にはたどり着きそうもない。と、ここまで調べて当該図表の解説に「командирский」と記載されていたことに気づいた。しかしながら、「командирский катер:pinnace」は、「船に搭載する中型ボート」を意味するそうで、どうにも意味不明であった。これらのリサーチの結果は、指揮戦車であるという仮説をそれなりに裏付けてくれた。

 その後、別件でRussian Military Zoneの掲示板に出入りするようになったので、今更ながら本件を尋ねてみたところ、思ったよりも簡単に期待通りの回答を得た。ここにはロシア語を読める人若しくはロシア人研究者が多いので、ブロ−ニェコレクツィアを訳してくれたのだろう。

 外形的特徴(増設アンテナポストの類)や搭載弾薬数の削減の有無をさらに尋ねてみたが、 どうやらブローニェコレクツィアの記述にはこれ以上の情報もないらしく、ここまでであった。搭載弾薬数を減らして無線機を設置し、外部にはこの増設無線機用にアンテナポストを増設したと考える(砲塔のアンテナポストに加えて、車体右側面、T-34-76でアンテナポストがあったところが有望か)のが妥当だが、これは推測の域を出るものではない。いずれにせよ、しばらく気になっていたこの種の車両の存在が明らかになった。今後の新しい資料で、このソ連製指揮戦車の詳細がさらに判明することを期待したい。

(実は、Russian Military Zoneにもこの本からの転載と思しき生産台数の表が掲載されており、これにはちゃんと「command」と記されてあった…・)

※ブローニェコレクツィア掲載の生産台数表。
 


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